阪神・淡路大震災

2009年1月18日(日)|スタッフの日記

17日は震災の発生した日でしたので、関連ニュースや特番が放送されていました。

14年前のその日、私は・・・・・

兵庫県の明石市に実家がある私は、その日夜8時まで実家と連絡が取れず、

母や姉夫婦、甥、姪の安否がわからず、

不安に押し潰されそうな1日を職場で過ごしていました。

当時の職場の人達の私への励ましが、とてもあたたかくありがたかったのが想い出されました。

いまだに悲しみから立ち直れず、当時の映像は見られない人がいらっしゃるそうですが、

皆さんそれぞれの想いで関連ニュースをご覧になったことでしょう。

yume1



2件のコメント

  1. ありゃま

    当時は新大阪在住でした。

    停電して寒かったので車の中で暖を取っていたところ電話が通じなくて死ぬほど心配した!と実家の親に怒られたのは、今ほど携帯電話が普及してなかったからです。

    私はいまだに震度2でも飛び起きてしまいます。
    家が古い木造でも構造がきちんとしていた家はつぶれていませんでした。
    安心して住める家は最低限、必須ですね。

  2. スタッフ

    ありゃまさんへ
    そうでしたか。
    ありゃまさん、体験されたのですね。
    トラウマになりますよね~。
    そのときの親御さんのお気持ちが私のと同じでしたね。(^^)

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